
何事も三十年間ぐらいやり続けなければ、その領分を熟知したとは言い難い。ダーダネルス海峡にのぞむチャイナッカレ市近郊のチャンという村のアイシェ・ベジェレンさんは30年間以上パンを焼く続けたのだから立派だ。今でも焼き続けていれば50年間ぐらいになるから、日本流に言えば無形文化財級ではないか。
自分自身も30年間ぐらい取り組んできたことがあるか自問自答してみる。なにごともチャランポランに食い散らかしてきた人生のように感じることもあるが、不思議なことにホジャ話を中心とするトルコ民話の世界とは三十年間ほど向き合ってきたから、多少の薀蓄を語ることはできるかもしれない。どういうわけか、今年になってから、常陽新聞(茨城県で発行されている日刊紙)に『トルコ民話紀行』と題するコラムを連載する機会を与えられて、現在続行中。結局、人生なんてそんなもので、長い間地道に努力していることしか、世の中は相手にしてくれないものらしい。三十年ほど前に、仕事で失敗して失意・落胆、半分ふてくされていた時に偶然ホジャ話と出会って、その乾いたユーモアが私の心を励ましてくれた。五年半ほど前にかみさんが心臓病で急逝して、またしても失意・落胆の境地をさまよったが、ふたたびホジャさんに励まされながら、ライフワークとなったトルコ民話の研究を続けている。私にとってホジャ話と向き合うことは、アイシェ・ベジェレンさんがパン焼きのかまどに向き合うのと同じことだ。
日本人には欧米崇拝の心理と、非欧米的な文化に対する蔑視や無関心という傾向が色濃くある。トルコ民話の多様性と奥深さはグリムの世界に勝るとも劣らないのに、まだほとんどの人はそれに気付いていないから、自分がなすべき課題も山積している。










